FC2ブログ
麻雀ブログに復活。ブログ名も最初のものに。酒レビューもあります。
さらば、北斗星。上野駅13番ホームを…
2015年08月21日 (金) | 編集 |
ブログ開始以来、毎月1回は記事を書こうとしていたのに、4月から仕事が激務になって結局は放置することになってしまった。しかし、今日は北斗星最終運行。この日に北斗星と、随分前に書いた上野駅13番への思いを残しておきたいと思い、久々にブログでの筆を取ってみたい。

私が初めて北斗星に乗ったのは自分が中学2年位の時、北斗星が運行を始めて間もないころ。親戚の家に行くために札幌から仙台まで乗ったのが初めてだった。

素晴らしい列車だと思った。乗っているだけですごく楽しかったのを今でも覚えている。仙台着は6時台というけっこう早い時間で早起きしなくちゃいけなかったけど、すごくワクワクしたのを覚えている。

その後は受験関係で何度か乗った。現役で2往復、浪人時代に1往復。浪人時の2月20日、早稲田の試験が終わって、北斗星の出発までは時間があるから立教の発表を見に行った時。まさか受かるとは思っていなくて、受験生活が終わるんだ、そして本当に東京で、希望の大学に行けるんだと希望を持って乗ることができた北斗星。

たぶん、今後自分の一生を振り返って、あの時に乗っている北斗星の車内での時間よりも幸いと思える時間は起こり得ないのではないか。それだけあの時間が素晴らしいものだった。そんな時間を過ごせたのが自分にとっての北斗星だったのだと思っている。

その後も北海道への帰省で数回乗り、最後に乗ったのは結構前になるが、うちの奥さんと自分の実家に帰省するときに乗ったときだった。

その後も乗りたかったのだが、子どもが小さいうちは難しかった。今年くらいから可能だったので今年は夏の帰省にダメもとで切符を取ろうとしたがやはり叶わなかった。

今日は上野駅、なんとかして行ってきました。あの13番ホームの長い階段を下るのが、昔は本当にワクワクしたもので。今日はなんだか不思議な気持ちで階段を下り、13番ホームへ。その前に13番ホームへの階段前の電光掲示板で「北斗星」などの写真を撮ったりなど。列車の出発前から涙が止まらないのは自分だけでもなかったようだ。

人はやはりすごく多かった。前の車両から後ろまで、色々な所から見たり写真を撮ったりした。本当に上野駅13番ホームは灌漑深い。地方から列車で上野にやってきた人しか分からない気持ちだと思う。

結果として撮影でどうしてもくやしいのは、自分のカメラがフラッシュ撮影のときにボタン反応しないことがたまたまあり、それが北斗星出発時の大事な時に起こってしまい出発の写真が取れなかったこと。まあ、フラッシュで取ろうとする自分も悪いのだが。次に、入線のときから自分は待機していたが、入線時の写真もかなりブレていることなど。しかし、ツイッターなどで見るに、その場で素晴らしい写真を撮っていた人もたくさんいて、自分で撮った写真だけでなくても、その時に上野駅にいれたという自分の記憶があればそうした他人が撮った写真を見る事ができるだけで充分にも思えてきた。

たぶん自分は8~10往復くらいの乗車だと思うが、人生の大きな節目で乗ってきた北斗星。青函トンネルでは夜中でも起きてずっと窓からトンネルの中の風景をずっと見ていたし、札幌発では2日目は東北の風景をずっと、ずっと窓から見ていた。宇都宮に着いたときは関東に入ったことがすごく自分には印象深かった。宇都宮はすごい都会だと思っていたし、その気持ちは今でも自分の中で大切な記憶だと思っている。他にも風景などで思い出深いことはたくさんあって、どう書いたらよいのかわからないくらい。

大学の4年間で北海道に戻ろうと思っていた。北海道に戻る時には絶対に北斗星に乗り、流れる音楽は三橋美智也の「星屑の町」と決めていた。両手を回して帰りたかった。涙の中をたった一人で帰りたかった。もうこの夢はかなわないのですね…。

まだ今日は北斗星は走っている。上野駅を出発したあとも、新幹線で追いかければ宇都宮あたりなら追いつけると思って追いかけたかった。たぶん追いかけている人はいると思うし、今日はそれくらいのことをしてもいいんじゃないだろうか。

あさって、仕事が入っていました。本当に困りますね。13連勤になるのはいいとして、あさっての北斗星を関東で迎えられないではないか…。と、ここで上司にお願いしたら遅刻することを許してもらい、なんとか戻ってくる北斗星を見届けることができそうになった。たぶん、地元に近い、非常に近い大宮駅で見送るかと思う。上野駅で迎えるのもいいが、これからまだ走る北斗星を見れるのは大宮駅が最後。ここで見送るのも良いのかもしれない。


スポンサーサイト