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麻雀ブログに復活。ブログ名も最初のものに。酒レビューもあります。
ネット麻雀は適度に保存
2011年04月30日 (土) | 編集 |
麻雀は確かに楽しい。

けど、例えば1年間ほぼ毎日打てるかというと、時間がある学生時代ならいざ知らず、社会人になり家庭のことも考えないといけないときに継続するのは色々な事情で難しいというもの。

「保存」するのは今後も麻雀を続け、しかも今しなければならないことに取り組むということを両立するためには本来避けて通れない。というか、「保存」しないと0か100かになってしまい、忙しすぎる中でいきなりパタッと止めてしまってもう二度としないくらいになりかねない恐れもある。

ってことで、ブログも始めて1年ほどになったものの、麻雀は絶賛保存中。というより、ここ1年間の天鳳が打ちすぎだったとも言える。東風荘時代も400試合くらい打ったらしばらく打たなくなったものだし、ロン2で2000試合位打っているのが例外的で、大体は500試合位打ったらしばらくは他のことをやってみたくなるものだ。

この1年間は天鳳をかなり打ってきたけど、ちょうど1年前くらいはツイッターが流行り始めていたころで何か新鮮味もあって面白いころだった。当時は天鳳で五段になったばかりであったけど、ツイッターをしている天鳳ユーザーも少なく、数少ない鳳凰民の方々をフォローしてつぶやきをチェックすることにも楽しみがあったように感じる。

ただ、最近ちょっと考えることとして、天鳳はネット麻雀の中で確かに楽しいと思うのだけれど、長く打ち続けている人、特に降段位の人って天鳳での麻雀自体を楽しく思えるのかな、と。

サブを打ち始めた頃、二段三段時の楽しみってのはよく実感できた。なんだか気負ったり背負ったりするものはないわけですよ。そりゃ、負ければ悔しいものの、六段で連ラスすることに比べりゃ大したことはないし(と言っても、六段昇段直後に原点保存して六段の身分で段位戦打ったことのない自分が言うのもなんだが)。

しかし、高段位の人はプライドがあるわけで、それを得るあるいは失なわないためだけの麻雀になってやしないかと思ったりもしてちょっと気になるわけですよ(自分は最近天鳳打っていなくて休前日に酒飲みまくって酔っ払いながら文字を打っているためにちょっと無責任な発言もあるかもしれないので了承願いたい)。

なんていうか、初めて麻雀打った頃の感激を忘れて打ってしまうような、麻雀自体の楽しみはどこへ行ってしまったのかというような感じではないかと。自分もそうだが、勝ったら自分の実力と思って当たり前のような感覚で特別うれしいわけでもなく、負けたらなんだよこれってかんじで気分が悪くなるだけのような。

プラスの感情よりもマイナスの感情になってしまうことが多いのではないだろうか。

自分はまだ天鳳では保存六段のサブ四段でそんなに高段位というほどではないけど、特上卓に上がるくらいから真剣勝負が続く中、いろいろなことをやる中で1年くらいかそれ以上の間に高いモチベーションを持ち続けることは基本的に難しいものだと感じるようになった。

大体、ネット麻雀は人生をかけるほどのものではないし、それは「ネット」でない麻雀も同様。それは決して「逃げ」ではなく、生きる上で大切なことをしっかりとこなした上で時間があるのならば、大切な趣味として麻雀に大きな時間を割いて取り組むのは多いに良いことだ、というように考えているということ。

結果として無理して麻雀していないか。それが心配になる人も少なくないような気がする。

こう思うのは、やはり大震災があってのことだとも感じる。自分は北海道出身だが親戚のほとんどが宮城県石巻市にいて壊滅的な被害を受けているのを見る中、時代は大きな転換点にあるように感じざるを得ない。

昭和の時代は、大人は子どものためにたくさんのことをしてあげる人が多かったようにも感じる(そうでない人もいたのは確かだけど)。しかし、この現在、自分は休日に子どもの相手もせずに麻雀をして良いわけがない。平成の時代は大人が自分の時間を主張しすぎていないか、と。子どものために時間を使って今後の日本のためになにかをしなければならないのではないか。

麻雀自体は「昭和麻雀」から進化したと言えるかもしれないけど、ネット麻雀というもの自体が本当に長続きするためにはそこで打つ人たちの社会的な安定性も重要になる。その点で天鳳は比較的社会人も多く、仕事もしっかりとこなしている人々が強者として牽引役をしているように思える。しかし、そうした人たちも現時点で単に「楽しい」というだけで打っているのだろうか。無償で行う天鳳の広報活動のようなもので、さすがに色々なところで疲れも出てやいないかと考えてしまうことしきりである。

しっかりとした社会的な立場を持っている人が多いネットゲームは安心して取り組むことができるわけであるが、わずかな数名だけが色々と発信するには限度がある。ある意味一部の人が「保存」しても安心して別の人が出てこれるような環境であれば良いわけで、「保存」してそのネットゲームから一時期離れるのも大事な時期である。

これは強者だけでなく、というよりむしろ一般的なユーザーに大切なこと。その点からして本来的には天鳳の「180日」放置でIDが消えるのはゲームとして判断に難しい。欠陥とみなすか、「保存」を上手く使っての長期的ユーザーを増やす結果になっているかはわからない。しかし、IDが消えれば本当に止めればよいだけのことで、人生、大切なことはもっとほかにもあるさ。

結局は、時には保存せい!ってだけの内容のような気もするが、四月にブログを全く書いていないのでせめて1つくらい書こうと、最近思っていることを酔っ払って書いているだけなので容赦願いたい。「楽しみ」という点では雀龍門や雀REVO、ツモとの比較も考えていたけれどまた今度ってことで(「今度こう書きたい」と書いて実際にそのとおりに書いたためしはあまりないけど…)。



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